東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1058号の1 判決 1972年2月18日
第九五七号事件控訴人、第一〇五八号の二事件被控訴人(第一審原告、以下第一審原告という) 佐藤由隆
右訴訟代理人弁護士 田利治
第一、〇五八号の一事件控訴人、第一、〇五八号の二事件被控訴人(第一審原告、以下第一審原告という。)
鷹岡農業協同組合訴訟承継人 富士市農業協同組合
右代表者理事 山田由太郎
右訴訟代理人弁護士 山本雅彦
第九五七号事件被控訴人、第一、〇五八号の二事件控訴人(第一審被告、以下第一審被告という。) 菊池和作
第九五七号事件被控訴人、第一、〇五八号の二事件控訴人(第一審被告、以下第一審被告という。) 稲垣嘉男
右両名訴訟代理人弁護士 河野光男
第九五七号事件及び第一、〇五八号の二事件被控訴人(第一審被告、以下第一審被告という。) 国
右代表者法務大臣 前尾繁三郎
右指定代理人 和田英一
<ほか一名>
主文
一、第一審原告佐藤由隆の控訴に基づき、
1 原判決中同第一審原告敗訴の部分を取り消す。
2 同第一審原告に対し、第一審被告国は、二七万八、〇〇〇円、同菊池和作、同稲垣嘉男は、各自九九万五、四四一円及び右各金員に対する昭和四四年七月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 同第一審原告のその余の請求を棄却する。
二、第一審原告富士市農業協同組合の控訴に基づき、
1 原判決中同第一審原告敗訴の部分を取り消す。
2 第一審被告国は、同第一審原告に対し、四九五万円及びこれに対する昭和四〇年六月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 同第一審原告のその余の請求を棄却する。
三、第一審被告菊池和作、同稲垣嘉男の控訴に基づき、
1 原判決中同第一審被告らと第一審原告富士市農業協同組合とに関する部分を次のとおり変更する。
2 同第一審被告らは、各自同第一審原告に対し、四九五万円及びこれに対する昭和四〇年六月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 同第一審原告のその余の請求を棄却する。
四 同第一審被告らの第一審原告佐藤由隆に対する本件控訴を棄却する。
五、訴訟費用は、それぞれ第一、二審を通じ、第一審原告佐藤由隆と第一審被告国との間では、これを二七分し、その二六を同第一審原告の負担、その一を同第一審被告の負担とし、第一審原告佐藤由隆と第一審被告菊池和作、同稲垣嘉男との間では、これを五分し、その四を同第一審原告の負担、その一を同第一審被告らの負担とし、第一審原告富士市農業協同組合と第一審被告三名との間では、これを五分し、その二を同第一審原告の負担、その三を第一審被告ら三名の負担とする。
六、この判決の第一項の2は、第一審原告佐藤由隆において第一審被告国に対し五万円、同菊池和作、同稲垣嘉男に対し一五万円の担保を、同第二、三項の各2は、第一審原告富士市農業協同組合において七〇万円の担保を供したときは、それぞれ仮りに執行することができる。
七、第一審被告国において、第一審原告佐藤由隆に対し二七万円、第一審原告富士市農業協同組合に対し四九五万円の担保を供するときは、それぞれ前項の仮執行を免れることができる。
事実
第一審原告佐藤由隆代理人は、右第九五七号事件につき、「原判決中同第一審原告敗訴の部分を取り消す。同第一審原告に対し、第一審被告国は、七一七万六、五〇〇円、同菊池和作、同稲垣嘉男は、各自六五九万八、五〇〇円及び右各金員に対する昭和四四年七月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。第一審原告富士市農業協同組合(以下第一審原告農協という。)代理人は、右第一、〇五八号の一事件について、「原判決中同第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告国は、同第一審原告に対し七四五万円及びこれに対する昭和四〇年六月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも同第一審被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を右第一、〇五八号の二事件について控訴棄却の判決を求めた。第一審被告菊池和作、同稲垣嘉男代理人は、右第九五七号事件について控訴棄却の判決を、右第一、〇五八号の二事件について「原判決中同第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。第一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。第一審被告国指定代理人は、右第九五七号事件及び右第一、〇五八号の一事件についていずれも控訴棄却の判決を求めた。
各当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
第一審原告農協代理人は、次のとおり述べた。
一、原審原告鷹岡農業協同組合(以下原審原告農協という。)と他の農業協同組合が合併して昭和四四年九月三〇日第一審原告農協が設立され、訴訟を承継した。
二、樋川執行吏の違法な執行行為は、その組成行為をばらばらに個々別々に細分分解して分析し、その構成行為の個々の断片を取り出して、それと損害との因果関係を個別的に判断すべきではなくして、執行行為の総合体を総体的に一個の公務執行行為として観察し、一丸としてこれを判断し、それによって生じた損害を検討しなければならない。しかるときは、
1、本件有体動産の差押が昭和三七年六月一五日に行われたに拘らず、樋川執行吏が第一審被告菊池より競売を早急に実施してほしい旨の依頼を受けてこれを承諾し、競売の日を同月二二日と指定し(同月一三日に差押をした旨の有体動産差押調書を作成した。)、右期日に競売をして債務者、利害関係人である第一審原告らの防禦の機会を奪った。
2、送達証書の記載にも拘らず、本件執行の債務名義である公正証書は、送達されずして本件差押が開始され、その終了後債務者に渡した。
3、樋川執行吏は、検察官に対し本件差押の機械類が農協の抵当権に入っていることは聞いていたと述べているばかりでなく、本件に関連する民事事件の証人としても同様機械類が原審原告農協に対し抵当に入っていることは、差押にあたり佐藤夫妻からいわれたと述べているから、本件物件が原審原告農協の工場抵当権の目的物件に入っていたことは知っていた。
4、樋川執行吏は、旧吉原市(現在富士市に合併)に生まれ、親の代から五〇有余年此処に実家をおいて生活の本拠にしていた者であるから、同地において暴力団極東櫻井山健組の最高幹部級の構成員として多数の輩下を置き、誰一人その名を知らない者はいない程おそれられている第一審被告菊池、同稲垣の両名の素性を知らない訳がなく、しかも誰が見ても判るような一見して暴力団タイプの服装をした若者数人を従えていたのであるから、本件差押に際して債務者である第一審原告佐藤が機械類が原審原告農協の抵当権の目的となっていることを主張したときは、皮相的形式論に終始することなく、その抗議を聞き、その証明の仕方を教示し、仮りに執行を中止しないまでも競売期日までにその証明がなされたときは、差押を解除する旨告げ、不当不測の損害を回避する機会を教え、与えるべき親切な心配りに基づく業務上の注意義務があるのに、その挙に出なかった。
5、本件執行記録に添付されている機械類の評価書は、その作成名義人三井光政が知らないという虚偽の評価書である。樋川執行吏は、故意に低廉な評価をし、その結果時価より極めて低廉な価額で、訴外宮本正夫に競売したのである。しこうして、宮本は以前同執行吏が第一審原告佐藤方で機械類を差押え、原審原告農協の担保に入っているといわれたときの差押債権者林東周の弟であって、樋川執行吏は、林東周と真の親類以上の濃い、いわゆる家族ぐるみの親類付合いをしてきており、本件競売期日にも、宮本の運転する乗用車に乗って佐藤方に乗り込み、競売に際しても宮本の競買申出一声があっただけで、他に買人なしとして、暴力団だけが集合しているなかで競落を決定し、競売手続を完結してしまった。
6、そして林、宮本の兄弟が名の通った、いわゆる競売ブローカーであることを熟知している樋川執行吏が、宮本自身は競買物件を必要とせず、その場で第一審被告菊池らに高価で転売されることは、競売場へ乗り込む前から判っていたのである。さらに樋川執行吏は、第一審原告佐藤に、今夜大変なことがおこるかも知れないと予言し、剰え、同人らに執行調書謄本の交付をしぶって同人らの仮処分を妨害する意思を表明したことよりみれば、夜陰機械類が暴力団員によって搬出されてしまうであらうことは、事前に予測し、知悉していたものというの他はない。
以上を総合的に観察するとき、樋川執行吏は、第一審被告菊池、同稲垣と意思相通じ、以心伝心、相互の肚の内を知り合いながら、執行吏として違法な本件執行行為をあえて行ったものであって、原審原告農協の蒙った本件損害につき直接の原因を与えたものであるから、第一審被告国はその損害を賠償する義務がある。
第一審被告菊池、同稲垣代理人は、次のとおり述べた。
一、本件公正証書は、第一審原告佐藤の承諾を得て作成されたものであり、右公正証書に記載のある五六六万円の貸付金は、第一審被告菊池が同稲垣より譲渡を受け第一審原告佐藤はこれを承認したものである。即ち、右公正証書作成につき第一審原告佐藤の印鑑は、第一審被告菊池が佐藤の妻を介し同第一審原告の承諾(貸借を整理するため公正証書を作成するという。)を得て使用したものであり、印鑑証明書は、第一審被告稲垣が同第一審原告を鷹岡町役場に同道して受領してきたものであり、勿論同第一審原告は、これが公正証書の作成のために使用されることを承知していた。又第一審被告稲垣は、昭和三七年五月頃同第一審原告に対し、それまでの遅延損害金を含め五六六万円の貸金債権を有していたところ(右は、当時同第一審被告が所持していた同第一審原告振出しの約束手形、貸付メモ等を参照し、同第一審原告と話合いの結果きまった金額である。)、その頃第一審被告菊池に右債権を譲渡し、同第一審原告は、右譲渡を承認したものである。
二、本件工場建物の昭和三七年六月当時の価格は、三〇〇万円が相当である。従って仮りに第一審原告農協の本訴請求が認められる場合にも、右三〇〇万円は損益相殺としてその請求より控除されなければならない。
第一審被告ら代理人は、第一審原告農協主張の合併設立及び訴訟承継は認めると述べた。
≪証拠関係省略≫
理由
第一第一審被告菊池和作の本案前の抗弁についての判断
当裁判所も第一審被告菊池の本案前の抗弁は理由がないと判断するものであって、その理由は、原判決理由の説示(原判決二〇枚目表二行目から同裏五行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
第二本案についての判断
一、第一審被告菊池を債権者とし、第一審原告佐藤を債務者とする第一審原告ら主張のような公正証書が静岡地方法務局所属公証人榊原芳夫によって昭和三七年五月一八日作成されていること、第一審被告菊池が右公正証書に執行文の付与を受け、第一審原告佐藤に対する強制執行を静岡地方裁判所沼津支部執行吏樋川経雄に委任し、同執行吏が昭和三七年六月中旬(差押をした日については、第一審原告らは同月一五日であると主張し、第一審被告らは同月一三日であると主張するのであるが、そのいずれであるかは後に認定する。)原判決添付第一物件目録記載の1ないし13及び同第二物件目録記載の1、2の各物件(以上同第三物件目録記載の各物件)並びに同第四物件目録記載の1ないし21の物件を差押え、同月二二日右各物件を競売し、訴外宮本正夫がこれを競落したことは当事者間に争いがない。
二、(一)≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 第一審被告菊池、同稲垣は、いわゆるやくざ仲間として知り合いの間柄にあったが、第一審被告稲垣は、第一審原告佐藤に対し昭和三六年九月頃から昭和三七年春頃までの間、手形振出しにより無担保で金員を貸し付け、そのうちの一部の返済を受けたにとどまったため、昭和三七年四月中旬頃、貸付残額合計二〇〇万円余の回収につき、当時金融業の手伝いをしていた第一審被告菊池にその対策を相談し、同第一審被告の発案で右債権確保のため公正証書を作成することになり、同第一審被告が金融業の仕事にたずさわっていた関係上その事情にも通じていたので、公正証書の上では同第一審被告を債権者とすることにきめたこと、
(2) そこで同第一審被告らは、同年五月中旬頃第一審原告佐藤方を訪ね、従前の貸借関係を明瞭にするための書面を作成するにつき印鑑を貸してほしい旨を告げ、従来手形で借りていたのを借用証に切り替える位に軽く考えた同第一審原告から翌日頃妻幸子を介して同第一審原告の印鑑を借り受け、第一審被告稲垣の自宅において同菊池が予め用意した委任状の用紙に右印鑑を押印し、第一審原告佐藤が債権者を第一審被告菊池、債権額を五六六万円とする公正証書作成について、その嘱託の権限を与える旨の委任状一通を作成し、受任者高橋孝三の氏名は、後記公証人に公正証書作成を嘱託する際に補充し、これと第一審被告稲垣が同年一月頃貸金の関係で第一審原告佐藤から受け取っていた同第一審原告の印鑑証明書を用い、公証人榊原芳夫に嘱託して前記内容の公正証書を作成させたこと。
(3) 当時第一審被告菊池は、第一審原告佐藤との間に何らの貸借関係もなく、第一審被告稲垣から同第一審原告に対する前記貸金債権を譲り受けたこともなかったこと。
(4) 第一審原告佐藤は、同年六月上旬頃から金策のため郷里福島県に赴いたが、同第一審原告は、家族にも行先を明確に告げずに出発したため、第一審被告稲垣は、同第一審原告が失踪したおそれがあるとして、前記貸金債権の回収に不安を感じ、第一審被告菊池に指示して早急に同第一審原告の財産に対する強制執行手続をとらせたこと、
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(二) 前記のとおり同年六月二二日前記各物件につき競売がなされ、訴外宮本正夫が競落したのであるが、≪証拠省略≫によれば、同訴外人は、競落物件を引き取ることなく、競落後直ちに第一審原告佐藤から預り書を徴し右競落物件を同第一審原告に保管させていたことが認められる。そして≪証拠省略≫を総合すれば、第一審被告菊池は、同稲垣と意思を相通じ、訴外宮本正夫の競落後直ちに同人から前記競落物件を買い戻し、一時第一審原告佐藤に使用させていたが、同年七月二日か三日頃の夕方頃から翌未明にかけて、同第一審原告方から右競売物件のみならず、差押競売の対象にもなっていなかった原判決添付第一物件目録記載の15ないし23、及び26、28の物件(≪証拠省略≫によると、14、24、25、27、29の各物件は昭和三七年五月三日当時においてすでに存在しなかった。)、同第二物件目録記載の3ないし7の物件全部を搬出し、さらにその後同第四物件目録記載の22ないし33の器具並びに家財道具も搬出し、これを善意の第三者に売るなどして、その返還を不可能にしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(三) しこうして原判決添付第一、第四物件目録記載の各物件が第一審原告佐藤の所有であることについては、第一審被告菊池、同稲垣は、明らかにこれを争わず、同国の関係では弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
そして≪証拠省略≫によれば、原審原告農協は、第一審原告佐藤との間で、昭和三六年一一月三〇日手形取引契約を締結し、右取引から生ずる債権元本極度額六〇〇万円と利息日歩三銭五厘、遅延損害金日歩五銭の債権を担保するため、本件工場とともに原判決添付第一物件目録記載の物件について工場抵当法第三条による目録をもって順位第一番の根抵当権の設定を受け、さらに昭和三七年五月二〇日第一審原告佐藤の妻幸子との間で継続的金銭貸付契約及び手形取引契約を締結し、右取引より生ずる債権元本極度額二〇〇万円と前同様の利息、遅延損害金を担保するため本件工場とともに同第二物件目録記載の物件に工場抵当法第三条目録により順位第二番(第二物件目録記載の物件についていえば順位第一番)の根抵当権の設定を受けたことが認められ、前者については、昭和三六年一二月一日静岡地方法務局吉原支局受付第一四三五一号をもって、後者については、昭和三七年五月二五日同支局受付第六八八七号をもって、それぞれその旨の登記を経由したことは、第一審原告らと第一審被告国との間では争いがなく、第一審原告らと第一審被告菊池、同稲垣との間では、≪証拠省略≫によって認められ、他に前記各認定を左右しうるに足る証拠はない。
三、以上認定事実によれば、第一審被告菊池と同稲垣は、共謀のうえ、情を知らない公証人に嘱託して第一審原告佐藤の不知の間に同人に無断で、内容虚偽の公正証書を作成したものであって、右公正証書が無効であることは明らかであり、その作成の経緯よりすれば前記第一審被告両名は、右公正証書が無効であることは充分承知していたものということができる。従って右のような無効の公正証書を債務名義として動産に対する差押、競売がなされても、競落人は、当然にはその所有権を取得しえないものであり、しかも競落人である訴外宮本利夫は競落物件を引き取ることなく、依然第一審原告佐藤に保管させ、一般外観上右競落物件についての従来の占有状態に変更を生ずるが如き占有を取得していないから、その他の要件の有無につき判断するまでもなく、右訴外人は、民法第一九二条により右競落物件につき所有権を取得しえず、従前どおり第一審原告佐藤の所有にとどまっていたものというべきである。しかるところ第一審被告菊池と同稲垣は、競落人宮本利夫から右競落物件を買い戻したことを理由に、その所有権を取得しえなかったにもかかわらず、取得したものとして昭和三七年七月二日か三日頃、右競売物件のみならず、その余の前記各物件を第一審佐藤方から搬出し、その頃善意の第三者に売却するなどして喪失させたのであって、右第一審被告らの行為により、第一審原告佐藤は、原判決添付第一物件目録(ただし14、24、25、27、29を除く。)、同第四物件目録記載の各物件に対する所有権を、第一審原告農協は、右第一物件目録(ただし14、24、25、27、29を除く。)、同第二物件目録記載の各物件に対する抵当権をそれぞれ侵害されたものということができる。よって右第一審被告両名は、第一審原告らの蒙った損害を賠償する責任があるものといわねばならない。
四、次に執行吏樋川経雄の執行行為による第一審被告国の責任の有無について判断する。
(一) 執行吏樋川経雄が昭和三七年六月中旬第一審原告佐藤方に赴いて、同人に対する強制執行として前記公正証書に基づいて、本件工場内の家財道具とともに原判決添付第一、第二物件目録記載の物件のうち同第三物件目録記載の物件を差押えたことは、前認定のとおりである。右差押えた日について第一審原告らは、同月一五日と主張し、第一審被告らは、同月一三日と主張するので、まず、この点について検討する。
≪証拠省略≫を総合すれば、
(1) 第一審原告佐藤は、昭和三七年六月七日、金策のため郷里福島県に赴いたが、妻にその行先を明確に告げなかったため、妻幸子は、同第一審原告が失踪したものと考え、警察に捜索願を出したり、従業員とともに熱海まで捜がしに行ったりしていたところ、同月一三日早朝同第一審原告が突然帰宅したので、同日は仕事を休み、同第一審原告の無事帰宅を祝って自宅で従業員とともに酒を飲んだこと、
(2) 同第一審原告の留守中第一審被告稲垣夫婦にも心配をかけたからというので、同日午前中、従業員をして同第一審被告夫婦に同第一審原告が帰宅した旨の挨拶をさせたところ、同日夜、同第一審被告夫婦が同第一審原告方を訪れ、同第一審原告に対して、その帰宅を喜ぶとともに仕事について激励したこと、
(3) 第一審被告菊池は、同稲垣から第一審原告佐藤が行方不明になったので、早急に同第一審原告の財産を差押、競売して前記貸金債権の回収をはかるよう指示され、同月一二日執行吏樋川経雄に執行を委任して、手続をできる限り促進するよう依頼していたのであるが、同月一三日第一審被告稲垣から電話で同日朝第一審原告佐藤が帰宅した旨を告げられたので、執行関係につき今後とるべき措置を尋ねたところ、予定どおりやれと指示されたこと、
(4) 訴外鈴木文夫は、昭和三七年六月一五日朝、道路をへだてた地続きの第一審原告佐藤方に自動車三台に分乗してきた者が入るのを見たところ、たまたま来合せた訴外鈴木静馬からなかの一人が執行吏である旨を教えられたりしたので、当時メモがわりに使っていた卓上カレンダーの同日のところに、同第一審原告が差押を受けた旨を記入したこと、
(5) 当時第一審原告佐藤は、訴外株式会社後藤製作所の下請をしていたところ、同会社の下請工賃の支払日は、原則として毎月一五日の午前中であったので、昭和三七年六月一五日の支払日には、差押が終ると直ちに第一審原告佐藤の妻が従業員加賀美豊の運転する自動車で同会社にかけつけ、漸く小切手で支払いを受けることができたこと、
が認められる。
以上認定事実に≪証拠省略≫を併せ考えると、執行吏樋川経雄が第一審原告佐藤に対する強制執行として原判決添付第三物件目録記載の物件を差押えたのは、第一審原告らの主張するとおり、昭和三七年六月一五日であると認めるのが相当である。
(二) もっとも甲第三六号証の二(有体動産差押調書)には、本件執行は、昭和三七年六月一三日午前一〇時三〇分差押に着手し、同日午前一一時三〇分執行手続を完結した旨記載され、債務者として第一審原告佐藤がその末尾に署名押印しており、又本件差押の公示書と認められる乙第九号証の添付書類の作成日付も同月一三日と記載されている。しかしながら≪証拠省略≫によれば、第一審原告佐藤は、差押当日、差押日時の記載に気がつかず、執行吏からいわれるまま、右差押調書の末尾に署名押印したこと、又公示書は第一審原告佐藤方の二階の箪笥の後の障子の余り見やすくない箇所に貼られたので、同第一審原告は、右公示書が貼られたことは知っていたが、内容は見なかったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。従って、右有体動産差押調書及び公示書の前記記載をもって右認定を左右するに足らない。さらに又、≪証拠省略≫によれば、執行吏樋川経雄は、同月一三日午前一一時五〇分から一二時二〇分まで富士郡鷹岡町(当時)において債務者駿富製紙株式会社に対する有体動産の差押を執行し、訴外水下数輝が債権者立会人として右執行に立ち会っていることが認められる。一方≪証拠省略≫によれば、本件差押当日、差押終了後第一審被告菊池、訴外水下数輝、同丹羽秀一の三名は、第一審原告佐藤方で執行吏樋川経雄と分れ、吉原市駅前まで車で同行し、そこで右訴外人両名は、同第一審被告と分れ、付近の中央亭で昼食をとった後事務所へ帰えったことが認められ、≪証拠省略≫中、差押終了後同執行吏及び前記訴外人両名は、一たん車で事務所に帰えり、それから前記債務者会社に差押に赴いた旨の証言は、右債務者会社も第一審原告佐藤方と同じく鷹岡町に所在するに拘らず、沼津市の鈴木法律事務所に帰えった後、再び債務者会社に赴いた合理的理由を見出し難く、前記各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右しうる証拠はない。してみれば、本件差押が同月一三日になされたとすれば、訴外水下数輝は、前記駿富製紙株式会社における執行に立ち会えないわけで、この点からしても、前記有体動産差押調書及び公示書の記載をもって前記認定を左右することはできないといわねばならない。
さらにまた、乙第一号証(有体動産仮差押調書)には執行吏樋川経雄が富士市において同月一五日午前八時四〇分から債権者池谷紙工株式会社の債務者モッピー商事株式会社に対する動産仮差押の執行に着手し、同九時五〇分右手続を完結した旨記載されており、≪証拠省略≫中にも前記執行調書の記載と軌を一にする供述並びに供述記載が認められ、従って同月一五日午前中に第一審原告佐藤方において差押を執行することは不可能であるかの如く考えられる。しかしながら≪証拠省略≫によれば、訴外池谷滋雄は、債権者池谷紙工株式会社の代表者として執行吏樋川経雄に仮差押の執行を委任し、同月一五日午前七時半頃同執行吏の自宅に迎えに行き、八時頃に執行場所に到着し、九時前には執行並びに調書の作成等の手続をすべて完結し、同執行吏の依頼で直ちに約二〇分か二五分位を要してバスの吉原市駅まで同執行吏を送ったことが認められる。さらに右有体動産仮差押調書中、手続完結時刻「午前九時五十分」の記載は、前後の字の間隔、筆勢、インクの色よりして当初「九時十分」と記載されていたところ、後に至り「五」の字を挿入して「九時五十分」としたものと認められる。以上の事実を総合すれば、右仮差押の執行は、遅くとも同日午前九時一〇分には終了したものと認めるのが相当であり、≪証拠省略≫中右認定に反する部分は措信できない。そうすれば、同執行吏は、同日午前九時三〇分頃から一〇時頃までの間に、吉原市駅前の星一ビル付近で訴外水下数輝、同丹羽秀一とおち会い、本件差押執行のため第一審原告佐藤方に赴くことは充分可能である(≪証拠省略≫)。
≪証拠判断省略≫
そして≪証拠省略≫によれば、第一審被告菊池、同稲垣は、本件差押に出かける前に執行吏樋川経雄に対して、第一審原告佐藤がまたいなくなってしまうから、競売を急いでやって貰いたい旨依頼したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫してみれば、執行吏樋川経雄は、右依頼に応ずるため、昭和三七年六月一五日に本件差押をなしたにも拘らず、同月一三日になしたかの如き有体動産差押調書及び公示書を作成し、法定期間をおかず、競売期日を同月二二日と定め、同日競売をなしたものと認めるのが相当である。
(三) ≪証拠省略≫によれば、第一審被告菊池及び同稲垣は、本件差押当時いずれも極東組櫻井山健一家に属し、その幹部又は若い衆であったこと、第一審原告佐藤方の従業員加賀美豊、隣人の鈴木文夫、杉山秀雄らも右第一審被告両名がいわゆるやくざであることを知っていたこと、そして差押当日も右第一審被告らが数名の一見してやくざとわかる者を連れて来ていたことが認められる。従って執行吏樋川経雄も吉原市に居住し、昭和三二年以来執行吏をしていたのであるから(≪証拠省略≫)、当然右事実を知っていたものと推認するのが相当である。≪証拠判断省略≫
又≪証拠省略≫によれば、原審原告農協では同月三〇日に至り、前記根抵当物件が競売されたことを知り、直ちに執行吏樋川経雄にその間の事情をただすとともに、右各物件を確保するため、執行調書の交付を申請するなどして仮処分申請の準備をしたこと、同年七月三日、第一審原告佐藤及び原審原告農協の担当職員佐野藤雄は、同執行吏から第一審被告菊池、同稲垣が本件強制執行手続を委任した鈴木法律事務所で大勢の者が騒いでおり今夜大変なことがおこるかも知れないと告げられたが、果して同夜から翌未明にかけて前記の如く、右根抵当物件を含む前記各物件が右第一審被告らにより搬出され、原審原告農協が用意していた仮処分の申請が不可能になったこと、右第一審被告らが前記各物件を搬出したのは、原審原告農協が前記競売の事実を知りその対策に動き出したため、その追求を避けるためと考えられるが、右第一審被告らに原審原告農協が動き出したことを告げたのは、同執行吏であると推測されること、以上の事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。
これらの事実に、前記認定の同執行吏が右第一審被告らの依頼に応じ、法定期間をおかずして競売期日を定めて競売をした事実を併せ考えると、同執行吏は、本件強制執行については、執行吏とその委任者との関係を踏み越えて、特別に前記第一審被告らの便宜をはかって、その執行に当ったものということができる。
(四) 第一審原告らは、執行吏樋川経雄が原判決添付第三物件目録記載の物件を、これが原審原告農協の工場抵当法による根抵当権の対象となっていることを知りながら、もしくは当然知りうべきであったに拘らず、違法に差押、競売したと主張するので、この点について判断する。
原審原告農協が第一審原告佐藤及びその妻幸子に対する債権担保のため、原判決添付第三物件目録記載の各物件についてそれぞれ工場抵当法第三条の目録をもって根抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由していることは、前認定のとおりである。≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
(1) 執行吏樋川経雄が昭和三七年六月一五日第一審原告佐藤方に赴いて同第一審原告に対する強制執行として家財道具とともに原判決添付第三物件目録記載の物件を差押えた際、同第一審原告及び妻幸子が交々本件機械器具のなかには第一審原告農協の工場抵当に入っているものがある旨を述べ、同執行吏の要求によりその証拠として工場(建物)の登記済証を提示したこと、もっとも右登記済証の登記の目的欄には根抵当権の設定登記と記載されているのみで、機械器具についてはなんら記載されていないこと(≪証拠省略≫によれば、本件工場の所在地を管轄する法務局における当時の取扱いとして工場抵当法第三条による抵当権設定登記完了後登記義務者に還付すべき登記済証の登記目的欄には、単に抵当権設定の登記と記載するにとどまったことが認められるから、本件登記済証の記載も同様であったことは推認するに難くない。)
(2) 同執行吏は、本件差押の前にも第一審原告佐藤方において機械類について有体動産仮差押の執行をしたことがあり、その際にも同第一審原告から農協の抵当に入っている旨の申出があり、右仮差押の執行は、間もなく当事者間の示談により解放されたこと
(3) 同執行吏は、本件差押に際し第一審原告佐藤の妻幸子から前記登記済証を提示され、暫時隣室で第一審被告菊池、同稲垣らと協議した後、同第一審原告らに対し、差押はあくまで形式的に執行するにすぎないから、善後策については右第一審被告らと協議するよう申し向けたこと
(4) 同執行吏は、同月三〇日、第一審原告佐藤の妻幸子が持参した原審原告農協から同執行吏あての第一審原告佐藤に対する抵当物件を差押えているか否かの照会文書を見て困まった困まったを連発していたこと
(5) 第一審被告菊池、同稲垣は、本件差押当日、第一審原告佐藤の妻幸子が原審原告農協に電話で連絡するのを妨害し、第一審原告佐藤及び妻幸子に対し原審原告農協に差押の事実を知らせると機械を使用させないようにする等の強迫的言辞を弄したこと
以上の事実が認められ、右認定を左右しうるに足る証拠はない。なお、≪証拠省略≫には、原審原告農協は、抵当権設定に関する登記済証(不動産登記法第六〇条第一項によって抵当権者に還付されるもの)を第一審原告佐藤に渡してあったとの供述記載があるが、右登記済証を抵当権設定者である第一審原告佐藤に交付することは通常考えられないことであって、その合理的理由が見出せないから、右供述記載は措信できない。又第一審原告らは、本件工場及び機械器具は、静岡地方裁判所沼津支部執行吏合同役場が訴外株式会社静岡相互銀行の申立による同地方裁判所吉原支部昭和三七年二月二七日の強制競売開始決定に基づき差押え、その旨の登記と機械器具の評価までしたうえ、同年三月一五日には右不動産目録に工場抵当法第三条目録を追加する旨の更正決定がなされたところ、その後右強制執行は同年五月二二日に取り下げられたが、右合同役場の構成員である執行吏樋川経雄としては取下げ後僅か三週間後に本件同一物件について差押えが行なわれたのであるから、本件機械器具が原審原告農協の抵当権の目的物件として登記されていたことは当然知っていたはずであると主張する。≪証拠省略≫によれば、右訴外会社の申立により静岡地方裁判所吉原支部が第一審原告ら主張の如き競売開始決定をなし、本件工場につき差押え、機械器具につき評価をなさしめたこと(第一審被告国との間においては、以上の事実及び右申立が第一審原告ら主張の日に取下げられたことは、いずれも争いがない。)が認められるが、これらの手続はいずれも以上説示の如く執行裁判所の権限に属し、執行吏の関与するところではないから、かかる手続が行われたからといって、執行吏が当然前記機械器具が原審原告農協の工場抵当の目的となっていたことを知っていたものあるいは知りうべきであったとなす第一審原告らの主張は採用できない。
以上認定事実によれば、執行吏樋川経雄は、第一審原告佐藤の妻幸子が提示した本件工場の登記済証により本件工場に根抵当権が設定されていることは知り得たものというべく、本件工場の機械の性質、構造、備付の状態を考慮して、さらに前後二回の差押に際し第一審原告佐藤及び妻幸子から交々本件工場備付の機械が第一審原告農協の工場抵当の目的となっている旨の申出を受けたこと又前回の仮差押の執行が間もなく示談により解放されたこと、さらに又、第一審被告稲垣、同菊池すら本件工場に備付けの機械器具が原審原告農協の抵当権の目的となっていることを察知して前記の如く電話による連絡を妨害し、あるいは第一審原告佐藤らに強迫的言辞を弄していることを併せ考えれば、執行吏としての職務経験からして当然、執行吏樋川経雄は、原審原告農協の抵当権は、単に本件工場の建物にとどまらず、そこに備え付けられた機械器具にまで及んでいることを知り得たものと認むべきである。仮りに同執行吏が右機械器具が工場抵当の目的となっていることを知り得なかったとしても、少くとも単に債務者らが口頭で申し出たにすぎない場合と異り、前記の如き経緯からすれば、第一審原告佐藤らの右申出は高度の信憑性を有するものとして取り扱い、抵当権者である原審原告農協に事実を照会し、あるいは関係書類の提示を求める等の方法で右申出の真否につき調査すべき義務―本件の如き場合、執行吏に苛酷な義務を課すものとはいえない。―があるものというべきである(そして、同執行吏が前記の如く原審原告農協の照会文書を読んで、直ちに困まったを連発したのは、本件差押時にすでに前記機械器具が工場抵当の目的となっていることを知っていたか、少くとも高度の疑惑を抱いていたことを物語るものといえる。)。
しかるに原判決添付第三物件目録記載の物件は工場抵当法第七条第二項により工場建物と共にするのでなければ差押えることができないものであり、執行吏樋川経雄は、前記の如く、右物件が原審原告農協の抵当権の目的となっていることを知りながら、もしくは、この点につき高度の疑惑を抱きながら、前記調査義務を尽くすことなく、第一審被告稲垣、同菊池と前記の認定の如き関係にあったため、容易にその懇請を容れ、漫然と前記物件を差押、競売し、第一審原告佐藤に対して右執行はあくまで形式的なものであるから、前記第一審被告らに和解して貰うよう頼めと告げたにとどまったものであるから、第一審原告らのその他の主張について判断するまでもなく、同執行吏は、故意もしくは重大な過失に基づいて本件差押及び競売をなしたものというべきである。
(五) 第一審原告佐藤が原判決添付第三物件目録記載の物件(ただし14、15を除く。)及び同第四物件目録記載の1ないし21の物件につき所有権を喪失し、同農協が同第三物件目録記載の各物件につき抵当権を喪失したのは、第一審被告稲垣、同菊池が他に搬出し、善意の第三者に売却する等して、すべて返還を不可能ならしめた行為によるものであることは、前認定のとおりである。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原審原告農協では前記各物件が第一審被告稲垣、同菊池が搬出しているのを発見し、直ちに警察の派出所に担保物件が無断搬出されているからとその取締りを頼んだが、結局取締って貰えなかったことが認められ、これは競落物件の買主が搬出することについて警察が介入することを躊躇したものと推認するに難くない。本件認定事実に弁論の全趣旨を併せ考えれば、その効力の有無はともかくとして外観的にもせよ、前記物件について競売がなされ、第一審被告菊池が競落人から買戻したという事実が、第一審被告稲垣、同菊池をしてその搬出を容易ならしめ、反対に第一審原告らにその阻止を困難ならしめたものと認めることができる。けだし、さもなければ右第一審被告らは強制執行の煩瑣な手続をとることなく、直ちにこれら物件を搬出して返還不可能にしたであろうことは容易に考えられることであるからである。以上執行吏樋川経雄は、第一審被告稲垣、同菊池と意思相通じ、本件執行行為により右第一審被告らが原判決添付第三物件目録記載の物件及び同第四物件目録記載の1ないし21の物件の搬出を容易にし、結局その返還を不可能ならしめたのであるから、第一審被告国は、同執行吏の右行為につき共同不法行為による責任があり、第一審原告らの蒙った損害につき賠償の責を負うものというべきである。
なお、第一審原告らは、前記各物件のほか、原判決添付第一物件目録記載の15ないし23、26、28の物件、同第二物件目録記載の3ないし7の物件、同第四物件目録記載の22ないし33の物件(以上いずれも差押、競売されなかった物件)についての第一審原告らの所有権もしくは抵当権(同第四物件目録記載の物件を除く。)の喪失についても第一審被告国に損害賠償の責任があると主張するけれども、右各物件に対する第一審原告らの所有権もしくは抵当権の喪失は、執行吏樋川経雄の執行行為に基づくものとは認められないから、この点に関する第一審原告らの主張は理由がなく、失当である。
五、進んで第一審原告らの蒙った損害について判断する。
(一) まず、原審原告農協が第一審被告菊池、同稲垣の行為によって受けた損害について検討するに、原審における鑑定人小林弘の鑑定の結果によれば、原審原告農協の根抵当権の目的となっている原判決添付第一物件目録(ただし14、24、25、27、29を除く。以下同じ。)、同第二物件目録記載の物件の昭和三七年六月競売当時の評価額合計は、前者五一九万八、四八一円、後者一九二万八、三五九円、計七一二万六、八四〇円であるが、右各物件を工場内に設備された機械として運転できるように復旧するには、電気設備、基礎工事、据付工事の費用としてさらに八二万〇、四二五円を要することが認められるので、結局右各物件を工場内に設備されたものとして売却すれば少くとも右の合計七九四万七、二六五円を下廻わることはないものと認めるのが相当である。次に原審原告農協が執行吏樋川経雄の執行行為によって蒙った損害についてみるに、前記各物件のうち同執行吏が差押、競売した同第一物件目録記載の1ないし13、同第二物件目録記載の1、2の物件の前記競売当時の評価額は、前記鑑定の結果によれば、前者は四四五万三、三三三円、後者は二八万三、二四〇円で、その合計額は、四七三万六、五七三円であるが、これら各物件を工場内に設備し、運転できるように復旧するために要する費用は、各機械毎の復旧費を認めるに足る証拠はないから、前記復旧費八二万〇、四二五円より算出した機械一基当りの平均復旧費二万二、七九〇円(円位以下四捨五入)を基に算出すれば、三四万一、八五〇円であるから、結局右各物件を工場内に設備されたものとして売却すれば、少くとも右の合計五〇七万八、四二三円を下廻わることがないものと認められる。≪証拠判断省略≫
≪証拠省略≫によれば、原審原告農協の第一審原告佐藤に対する貸金債権の残元金は、前記認定の根抵当権の元本極度額六〇〇万円を超過しており、かつ、原審原告農協の訴外佐藤幸子に対する貸金債権の残元金は一九五万円であって、いずれも弁済期が到来していることが認められる。ところで本件工場の建物のみの価額については、第一審原告らは五〇万円と主張するのに対し、第一審被告菊池、同稲垣は三〇〇万円が相当と主張する。≪証拠省略≫によれば、本件工場の建物は、昭和三六年六月頃第一審原告佐藤が新築したもので、鉄骨造スレート葺二階建工場兼居宅一棟で、その床面積は、一階二〇坪一合七勺、二階一八坪三合六勺で、昭和四六年四月現在において坪当り一〇万円と評価されていること、原審原告農協では通常貸付限度額は担保物の価格の七割以内とする取扱いであることが認められる。右認定事実に前記認定の原審原告農協の第一審原告佐藤及び訴外佐藤幸子に対する貸付元本極度額合計が八〇〇万円であり、又原審における鑑定人小林弘の鑑定の結果によれば、本件抵当権の工場抵当法第三条目録記載の各物件の昭和三七年六月現在の評価額合計が八〇五万六、一四八円であること並びに弁論の全趣旨を総合すれば、昭和三七年六月現在の本件工場の建物の価格は三〇〇万円を下らないものと認めるを相当とする。従って原審原告農協は、少くとも前記被担保債権額の合計七九五万円のうち右工場の建物の価格相当額を控除した四九五万円については原判決添付第一、第二物件目録記載の物件の前記売却代金から優先弁済を受けうべきところ、第一審被告菊池、同稲垣及び執行吏樋川経雄の前記不法行為により、それができなくなったものであって、従って原審原告農協は、右四九五万円相当の損害を受けたものというべきである。第一審被告稲垣、同菊池は、原審原告農協の第一審原告佐藤に対する債権は、手形の裏書人である同人に対し手形所持人の第一審原告農協が有する償還請求権であり、一年で時効によりすでに消滅していると主張するが、前認定したところと≪証拠省略≫によれば、第一審原告ら間においては、手形取引による金銭消費貸借が行なわれたものであることは明らかであるから、右主張は採用に値しない。
(二) 次に第一審原告佐藤が受けた損害額について検討する。
1 まず、原判決添付第一物件目録記載の物件についてみるに、前記鑑定による評価額は五一九万八、四八一円であり、それに前同様平均復旧費に基づいて算出した復旧費五四万六、九六〇円を合算すれば、工場内に設備されたものとしての売却価額は五七四万五、四四一円である。又執行吏樋川経雄が差押、競売した同目録記載の1ないし13の物件の同評価額は四四五万三、三三三円であり、これに前同様の方法により算出した復旧費二九万六、二七〇円を合算すれば、工場内に設備されたものとしての売却価額は四七四万九、六〇三円である。従ってこれら五七四万五、四四一円及び四七四万九、六〇三円がそれぞれ第一審原告佐藤が第一審被告菊池及び同稲垣並びに執行吏樋川経雄の前記不法行為により前記各物件の所有権喪失により蒙った損害である。しこうして本件における如く、抵当権者と抵当物件の所有者がともに抵当権の目的物の毀損を理由に損害賠償を請求している場合には、まず、抵当権者がその損害の全額につき賠償を請求することができ、抵当物件の所有者は、その損害額から右抵当権者に賠償すべき額を控除した残額についてのみ請求しうると解するのが相当である。従って抵当物件の所有者である第一審原告佐藤は、前記各損害額のうちから抵当権者である原審原告農協に賠償すべき四九五万円を控除した残額について請求しうるにすぎないから、結局第一審原告佐藤は、第一審被告菊池、同稲垣に対して七九万五、四四一円を請求しうるにとどまり、執行吏樋川経雄の行為により蒙った損害については右控除による残額がないことになるから、同執行吏の不法行為について第一審被告国に請求すべき損害額は存しないことになる。
2 次に本件不法行為当時の原判決添付第四物件目録記載の1ないし21の物件(差押、競売した物件)の価格については、≪証拠省略≫以外にこれを認むべき証拠はなく、右証拠によれば、右各物件の見積価額の合計額は二七万八、〇〇〇円であることが認められる。そして同目録記載22ないし33の物件の価額についてはこれを認めるに足る証拠はない。結局第一審原告佐藤が第一審被告菊池、同稲垣、執行吏樋川経雄の前記不法行為により右第四物件目録記載の物件の所有権喪失に関して受けた損害は、二七万八、〇〇〇円というべきである。
従って第一審原告佐藤は、前記第一、第四物件目録記載の物件の所有権喪失による財産上の損害の賠償として第一審被告稲垣、同菊池に対しては前記金員の合計額一〇七万三、四四一円、同国に対しては二七万八、〇〇〇円を請求しうるものというべきである。
最後に第一審原告佐藤主張の慰藉料の請求について判断するに、≪証拠省略≫によれば、第一審原告佐藤が第一審被告菊池、同稲垣の行為によって前認定のように失った所有物件は、営業用の機械器具のみならず、家財道具の殆んど全部に及び、住居も追われ、精神的にもいい知れぬ苦痛を蒙ったことが窺われるから、不法行為の態様その他諸般の事情を斟酌すれば、第一審被告菊池、同稲垣は慰藉料として五〇万円を支払うを相当とするが、第一審被告国は、前記認定の執行吏樋川経雄の行為の態様その他本件記録にあらわれた諸般の事情よりして、前記財産上の損害に対する賠償に加えて特に慰藉料を支払う義務がないものと認めるのを相当とする。
六、原審原告農協が他の農業協同組合と合併して、昭和四四年七月三〇日、第一審原告農協が設立され、その権利義務を承継したことは、当事者間に争いがない。
七、以上の次第であるから、第一審被告菊池、同稲垣、同国は各自第一審原告農協に対し四九五万円及び右金員に対する本件訴状送達の後である昭和四〇年六月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、又第一審原告佐藤に対して、第一審被告菊池、同稲垣は各自一五七万三、四四一円、同国は二七万八、〇〇〇円及び右各金員に対する本件請求を記載した準備書面送達の翌日である昭和四四年七月九日から支払いずみまで前同様年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。従って第一審原告らの本訴請求は、第一審被告らに対し前記各金員の支払いを求める限度においてこれを相当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。
よって原判決中右と判断を異にする部分は、その限度において不当であり、第一審原告らの本件控訴及び第一審被告菊池、同稲垣の第一審原告農協に対する本件控訴は、いずれもその限度において理由があり、同第一審被告らの第一審原告佐藤に対する本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八六条、第三八四条第一項、第九六条、第九二条、第九三条、第八九条を、仮執行及び仮執行の免脱の宣言につき同法第一九八条第一項、第一九六条第一、第三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)